クラウドファンディング

「クラファンのリターン、何に設定しよっかなぁ」
芽衣はスマートフォンを見つめる。画面に表示された入力ボックスのカーソルが点滅を続ける。
「クラファンって、お金を支援してもらうやつでしょ? 支援してもらったお返しに、何かをリターンで返すってやつ」
「そうだよ」
「ちなみに、支援金額はいくらにしてるの?」
「三億円」
「さっ!?」
芽衣の破天荒な性格を知る小学校からの友人、祥子は思わず言葉を詰まらせた。
友人のリアクションに目を向けることなく、芽衣はスマートフォンに文字を打ち込んだ。
『芽衣とデートができる権利』
確定ボタンを押すと、画面が切り替わり、リターンが公開された。そして、画面の再読み込みボタンをタップすると、切り替わった画面には『SOLD OUT』の文字。
「えっ、ヤバいんだけど。もう売れちゃった……」
「もう!?」
無言で頷く芽衣。
「三億円とかすぐに出せちゃう人って、なんかヤバそうじゃない?」
「──かもしれない」
芽衣は大げさに唾を飲み込んだ。

都心のオフィス街。土曜日ということもあり、人の気配はまばら。肌を冷やすビル風を浴びながら待っていると、その男は左脇からヌッと現れた。
「芽衣さん、はじめまして。田崎と申します」
1メートル90センチ近くあるだろう長身。丹精に髪を整え、口元には白いマスク。黒いトレンチコートのその男は、軽く会釈しながら名乗ってきた。
辺りを警戒しながらその時を待っていた芽衣は、不意にかけられた声に身を縮めた。ただ、相手は自分に大金を支援してくれた存在。我に返った芽衣は、失礼のないように深々とお辞儀した。
「この度は、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございます。国民的アイドルの美山芽衣さんとデートできるなんて、まるで夢のようです」
マスクの奥でジュルッと舌なめずりする音が聞こえた。
「とりあえず、レストランで食事でもしましょうか」
田崎は車道に近づくと、片手を大きく上げ、タクシーを停車させた。
「さっ。行きましょう」
イヤな予感が的中しないように、芽衣は胸の中で小さく祈った。

ホテルの一階にある名の知れたレストランで食事を済ませた二人。最上階に部屋を取ってあると、田崎は上を指さしながら芽衣に告げた。
「夜景を眺めながら、飲み直しましょう」
芽衣は小さく頷く。
──だって、三億円だもん。断る権利ないよね……。
エレベーターが二人の身体を最上階へと運ぶ。息苦しい無言の空間。芽衣は階数ランプと田崎を交互に見つめた。
芽衣は田崎の後に続き廊下を歩く。靴の裏に感じる絨毯の感触が心地良かった。田崎がカード型のキーをカードリーダーにかざすと、小さな電子音が鳴りドアが開いた。
静かに閉じられた重厚なドア。施錠された音が鳴ると同時に、田崎が芽衣に抱きついてきた。
「ちょっと!」
田崎の腕を引き離そうと必死で抵抗するも、長身で体格のいい田崎の腕力に敵うはずもなかった。
鼻息を荒くした田崎は芽衣の口唇を奪おうと、強引に顔面を近づけてきた。
「いやっ!」
迫る田崎の口唇を制止するように、手のひらを差し込み拒む。すると、それに腹を立てたのか、田崎は大声をあげた。
「おい! 俺はお前に三億円も投資したんだぞ。何をされても文句が言える立場じゃないだろ。今日のお前は俺の奴隷だ」
田崎は狂気が入り混じった声色で叫ぶと、芽衣の両肩を鷲掴みにし、ベッドに投げ飛ばした。
芽衣に覆いかぶさる巨体の田崎。追い詰められた恐怖が、芽衣から声を奪った。
──助けて。

《中曽根守の視点》

「やっべえ。芽衣ちゃん、クラファンやってるじゃん。三千円の握手権もあるし。今月、バイト多めに入ってて良かった」
ひとり暮らしのアパート。万年床にあぐらをかきながら中曽根は口にした。
話し相手もいないのに、ひとり会話をしてしまうのも日課になった。今ではそれを、孤独が生んだ特技だと自負している。
「三億円でデート!? こんな支援金を出せる奴が羨ましいですぜ。そういや芽衣ちゃん、お母さんが多額の借金を抱えてるって、ゴシップ誌で読んだことがある。代わりに返済してあげようってことか。くぅー。泣けるぜ、芽衣ちゃん。いい子だぜ、芽衣ちゃん」
感情を高ぶらせた中曽根は、右手でボリボリと頭皮を掻きむしった。
「しかし、小生にはそんな大金は用意できませんです。なので、迷わず三千円の握手権。いただきましたよ!」
中曽根は、『街で芽衣を見かけたら、いつでも握手してあげる権』と書かれた文字をタップした。
「芽衣ちゃんと握手した手は、一生洗わないのです。それを今ここに誓うのです!」

「奴か。芽衣ちゃんとのデートを勝ち取った成金野郎は」
中曽根は、芽衣との握手の機会を伺うべく、ストーカー行為を続けていた。芽衣の住所は、過去にインターネットで入手していたので、ストーカーするのは容易だった。
街路樹の陰から二人の様子を凝視する。
「あの男、芽衣ちゃんをホテルに誘いやがった。クソ野郎ですな。静かな怒りを覚えます」
そう呟くと、中曽根は二人の後ろ姿を追うように、ホテルへと入って行った。

「奴と芽衣ちゃんが破廉恥なことをするのだけは、なんとしてでも阻止せねば。ホテルのカードキーくらい、突破できるっつうの。俺様、本社がシリコンバレーにあるIT企業でプログラム担当してるっつうの。契約社員だけどよ」
自ら吐いた自虐の言葉に頬を緩める中曽根。手にしたスマートフォンをカードリーダーにかざすと、小さな電子音が鳴り、ドアが解錠された。慎重にドアを開く。わずかな隙間から部屋の中を覗くと、そこには押し倒された芽衣の姿。
「あのクソ野郎!」
中曽根は迷うことなく部屋へと飛び込んだ。
「おいクソ野郎。芽衣ちゃんから離れろ、バカタレが!」
芽衣に覆いかぶさっていた巨体が、のそりと起き上がる。
「なんだテメェ?」
「芽衣ちゃんとの握手権を所有している、中曽根守だ。悪いが、今からは俺のターン。俺が芽衣ちゃんのリターンをもらうターン。どけっ!」
中曽根は男を押しのけると、すすり泣く芽衣をベッドの上に座らせ、その手を握った。
「なんと、芽衣ちゃんと握手してますよ俺。そして、死ぬほどいい匂いだ、芽衣ちゃんは」
男は中曽根の背中に蹴りを入れてきた。
脳内の分泌液が味方しているのか、わずかな痛みも恐怖も感じなかった。
「おい、クソ野郎。俺は今、幸せの絶頂にいる。誰ひとりとして、俺を邪魔することはできない!」
芽衣が心配そうに中曽根を見つめる。
「大丈夫?」
「大丈夫。芽衣ちゃんは俺が守るから!」
立ち上がった中曽根は、両手で男の胸板を突き飛ばした。長身の男がよろけながら尻もちをつく。
「さぁ、芽衣ちゃん。この隙に逃げるんだ。ちなみに俺は、この手を一生洗いませんよー」
芽衣はベッドから飛び降りると、中曽根の頬にキスをし、そのままドアへと駆け出した。
無言で立ち尽くす中曽根。芽衣の温もりが残る手を、芽衣の感触が残る頬に当ててみた。
「はん」
小さな声を漏らす。
すると、逃げ去ったはずの芽衣が再び中曽根のそばに戻ってきた。
「伝え忘れたんだけど、ほっぺにキスのリターンは、支援金80万円なんで」
よろしくね、と言い残し、笑顔の芽衣は颯爽と去って行った。

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