美メンズ・イメージクラブ

「あまぁ~いよ。とにかく、あまい。鍛冶谷瞬似のイケメンだったの。もう、最初っから最後まで至福の時間だったなぁ~」
人気俳優の名前を挙げながら、脳内にリアルな映像を思い浮かべたミクが表情をとろけさせる。
「そんなの恋活にもならないじゃん」
「だからさぁ。そういう現実的なことはひとまず置いといて、男に触れておいでよ。岬は頭が固すぎるんだよ。もうちょっと楽に行こうよラクに! 岬って意外とミーハーな部分もあるんだし」
──ミクはいつも能天気だなぁ。
岬と正反対の性格をしたミク。岬が気を使わずに過ごせる友だちのひとり。でも、恋愛経験は雲泥の差だ。大学生にもなってまともな恋愛をしていない自分が恥ずかしくなった。
「ミクがそれほど勧めるんだったら、ちょっと行ってみよっかな……」
岬はプラスチック製のカップの底に沈んだタピオカを、ストローで一気に吸い上げた。

やっぱり緊張するなぁ。なんだか危険なことに足を突っ込むみたいで気も引けるし。
岬は『美メンズ・イメージクラブ』と書かれた店頭看板の前を何度も通り過ぎた。
「お店、入るの?」
ふと足を止めた瞬間、岬の背後から誰かが声をかけた。振り返ると、ふんわり緩やかなパーマをあてた長身の男が、岬を見下ろすように立っていた。
「あっ……はい」
──言っちゃった。
咄嗟の返事を悔やむ暇も与えず、男は岬の手を取り、店内へと促した。
──もう、後には引けないよ。
男に導かれるまま、岬は店の中へと吸い込まれていった。

「じゃあ、そこの椅子に座って待っててね」
落ち着いたBGMが流れる店内。男に手を引かれるまま細長い廊下を歩き、ある部屋に通された。
真っ白な室内空間の中に、ポツンと一脚の椅子。男の指示に従い、椅子に座ると、それを見届けるようにして男は部屋を後にした。
「やばい、帰りたいかも……」
岬は不安を打ち消すように声に出し呟いた。
──やっぱり来るんじゃなかったなぁ。ミクみたいには手放しで楽しめないよ。
キョロキョロと白い壁を眺めながら五分くらいが過ぎたころ、廊下で男の叫び声が響いた。誰かと言い争うような声。岬は心臓を鷲掴みにされた気分になり、不安が加速した。
やっぱり帰ろうと、椅子から立ち上がった時だった。ドアが激しく開き、ひとりの男が部屋へと入ってきた。
さっきの男よりもはるかに美形な男性。完璧に岬のタイプだった。
──やばい。こんなイケメンに近づかれたら、心臓が破裂しちゃうよ。
緊張が限界に達した岬は、瞼をきつく閉じた。
「なぁ。騒ぐなよ」
岬の強張った身体は、男によって後ろから強く抱きしめられた。
──えっ。いきなり?
「声、出すなよ」
男の声が耳元で囁く。深みのある魅力的なその声に、岬はうっとりした。
頭の中で男の言葉を反芻していると、ふいにこめかみに冷たい感触を感じた。閉じた瞼を少しだけ開くと、そこには黒いピストルの銃口が見えた。
──ミクが言ってた通りだ。
この店では、どんなストーリーに巻き込まれるのか、客は一切知らされない。そのドキドキがたまらないと、リピーターが急増しているそうだ。それにしても、こんなにリアルな人質のシチュエーションなんて!?
岬を羽交い締めにしたままの男は、声を落とし、誰かと話しはじめた。携帯で電話しているのだろう。
「女を人質に取った。例の物を用意するまで、店には近づくな。いいな?」
緊迫した状況が演出されたシチュエーションと男のあまい声に、岬の興奮も高まってきた。
──やっぱりミーハーな性格してるって、ミクにツッコまれるだろうなぁ。

「あっ」
「うるせぇ。声、出すなって言ったろ?」
岬を抱きしめる男の手に力が入った。
自分のうっかりした性格を岬は恨んだ。店に来る前に銀行に寄って、お金を下ろさなきゃと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。財布に入っているのは三千円くらい。──絶対に、お金、足りないよ。
「あの……」
「なんだよ?」
「ちなみに、おいくらですか……?」
岬は自分の顔が赤らんでいるのが分かった。こんなシチュエーションまで用意して熱演してくれているのに、料金の話をするなんて。
「二百万だよ」
「はぁっ?」
岬は一気に目が覚めた。と同時にミクを恨んだ。やっぱり危険なところじゃないか。だから来たくなかったんだよ。完全にボッタクリだよ。慣れない態度を取っていたから、きっと足元を見られたんだ。最悪だ!
このままここにいたら、何をされるか分からない。はやく逃げなきゃ。
岬は身の危険を感じ、羽交い締めされた身体を捻ると、男から身を引き離した。
ドアを目がけて走ろうとした岬の手首が男に掴まれた。
「ちょっと待てよ!」
背中に男のセリフが突き刺さる。テレビでよく耳にするあまいセリフだ。
「俺から離れるな!」
美形のイケメン。魅力的な声。男っぽく強引な態度。岬の脳内は、ここがボッタクリ店だということもすっかり忘れ、とけてしまうほど熱を持っていた。
岬は男の誘惑に負け、振り向こうとした。すると、それを制止するかのように部屋の隅のドアが強引に開き、警察服姿の男性たちがなだれ込んできた。
「人質を解放しろ!」
部屋に入ってきた人数の多さに怖気づいたのか、男の手が岬の手首から離れた。
反動で体制を崩した岬は、それでも背後の男を振り返った。目と目が合う。その瞳は、どこか寂しそうだった。
床に倒れそうになった岬の身体を、警察服姿のひとりが支えた。
「大丈夫? ケガはない?」
ミクに報告しなきゃ。とんでもないシチュエーションだったよ。ウワサ通りのすごい店。とにかく、手の込んだ演出がすご過ぎるよ。
岬の身体を支えた男性は、介抱するようにそのまま部屋から出ると、岬を店の外へと連れ出そうとした。
「えっ? もう終わり?」
やっぱりこういうお店ってサービスの時間、短いんだな。もうちょっとあまい時間に触れていたかったなぁ。
店頭の自動ドアが開く。介抱されたまま店の外へと出た。店の前には多くの人だかり。
その光景に違和感を覚えつつも、岬は警察服姿の男に尋ねた。
「あっ、スタッフさんですよね? まだ、料金のお支払いが済んでないんですけど……」

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